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最高裁判所第一小法廷 平成9年(行ツ)165号 判決

上告人

井口洋二

外五名

右六名訴訟代理人弁護士

田辺照雄

被上告人

今井俊一

外一五名

右一六名訴訟代理人弁護士

川中宏

村井豊明

中島晃

加藤英範

田中伸

高山利夫

藤田正樹

主文

一  上告人井口洋二、同井尻浩義及び同依田満の上告を棄却する。

二  原判決中、被上告人らの上告人武居桂、同桝本治及び同加藤厚に対する各予備的請求に関する部分を破棄し、第一審判決中、右請求に関する部分を取り消す。

三  前項の部分に関する被上告人らの請求をいずれも棄却する。

四  上告人井口洋二、同井尻浩義及び同依田満の上告費用は右上告人らの負担とし、上告人武居桂、同桝本治及び同加藤厚と被上告人らとの間に生じた訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理由

第一  上告代理人田辺照雄の上告理由第一点について

一  本件は、第一審判決添付の別表1及び別表2記載の各公金の支出が違法であるとして、京都市の住民である被上告人らが、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、京都市に代位して、上告人らに対し、右違法な公金の支出により京都市が被った損害の賠償を請求する住民訴訟であり、本件訴えは、同号所定の「当該職員」に対する損害賠償請求として提起されたものである。

原審の適法に確定したところによれば、京都市においては、局長等専決規程(昭和三八年五月一六日訓令甲第二号)により、支出金額の多寡に応じてそれぞれ専決を任される者が定められており、被上告人らが本件訴えの提起時において被告とした者らのうち、上告人井尻浩義は、右各公金の支出に関し、右規程により一件一〇万円以下の支出決定について専決を任されており、中村太郎はおよそ専決を任されていなかったところ、被上告人らは、平成六年一月二六日、行政事件訴訟法四三条三項、四〇条二項、一五条一項に基づき、その金額が一〇万円を越える第一審判決添付の別表1記載の番号1、2、4、6、8ないし11、13ないし18、21及び22の各公金の支出に係る訴えについて、被告を上告人井尻浩義から右規程によりその専決を任されていた上告人桝本治に、第一審判決添付の別表2記載の番号3ないし5及び7の各公金の支出に係る訴えについて、被告を中村太郎から右規程によりその専決を任されていた上告人加藤厚に、同番号6の公金の支出に係る訴えについて、被告を中村太郎から右規程によりその専決を任されていた上告人武居桂に、それぞれ変更する旨の申立てをし、第一審裁判所は、同年六月二七日、これを許可する旨の決定(以下「本件被告変更許可決定」という。)をした。

二  地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」には、普通地方公共団体の内部において、訓令等の事務処理上の明確な定めにより、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為につき法令上権限を有する者からあらかじめ専決することを任され、右権限行使についての意思決定を行うとされている者も含まれるが、およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者を被告として提起された同号所定の「当該職員」に対する損害賠償請求又は不当利得返還請求に係る訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして、不適法である(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五七号同六二年四月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻三号二三九頁、最高裁平成二年(行ツ)第一三八号同三年一二月二〇日第二小法廷判決・民集四五巻九号一五〇三頁)。また、訓令等の事務処理上の明確な定めにより、当該財務会計上の行為に関し、額の多寡に応じるなどして、専決することを任され、右権限行使についての意思決定を行う者がそれぞれ規定されている場合において、当該財務会計上の行為につき、右のような権限を有する地位ないし職にある者として「当該職員」には該当するものの、現実に専決するなどの財務会計上の行為をしたと認められない者に対する損害賠償請求又は不当利得返還請求は、理由がなく棄却されるべきである(前掲平成三年一二月二〇日第二小法廷判決参照)。しかしながら、財務会計上の行為を行う権限の所在及びその委任関係等に関する法令、条例、規則、訓令等の定めや普通地方公共団体内部の行政組織が複雑であるため、地方自治法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」に対する訴えを提起しようとする住民において、その適否が問題とされている財務会計上の行為につき、だれが右のような権限を有する地位ないし職にある者として「当該職員」に該当するのか、また、だれが現実に専決するなどの財務会計上の行為をしたのかの判定が必ずしも容易でない場合も多いと考えられる。他方、当該訴えは同条二項一号ないし四号に掲げる期間内に提起しなければならないとされているため、当該住民がおよそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者又は現実に専決するなどの財務会計上の行為をしたと認められない者を被告として訴えを提起した場合には、改めて正当な被告に対して訴えを提起しようとしても、出訴期間の経過により許されないことがある。以上の事情は、取消訴訟において原告が被告とすべき者を誤った場合と異なるところはなく、行政事件訴訟法一五条は、このような場合に、被告の変更を許すことにより原告の救済を図ることとしているのであるから、前記のように被告とすべき「当該職員」を誤った場合についても、地方自治法二四二条の二第六項、行政事件訴訟法四三条三項、四〇条二項により同法一五条の規定を準用して被告の変更を許すことにより、原告の救済を図るのが相当というべきである。

そうすると地方自治法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」に対する損害賠償請求又は不当利得返還請求に係る訴えにおいて、原告が故意又は重大な過失によらないで「当該職員」とすべき者を誤ったときは、裁判所は、原告の申立てにより、行政事件訴訟法一五条を準用して、決定をもって、被告を変更することを許すことができると解するのが相当である。また、訓令等の事務処理上の明確な定めにより、その適否が問題とされている財務会計上の行為に関し、額の多寡に応じるなどして、専決することを任され、右権限行使についての意思決定を行う者がそれぞれ規定されている場合において、当該財務会計上の行為につき、法令上権限を有する者からあらかじめ専決することを任され、右権限行使についての意思決定を行うとされている者として「当該職員」には該当するものの、現実に専決するなどの財務会計上の行為をしたと認められない者を誤って被告としたときにも、同条を準用して、被告を変更することを許すことができると解すべきである。

三  以上判示したところによれば、被上告人らは、前記各公金の支出に係る訴えについて、行政事件訴訟法一五条の準用により、被告とすべき「当該職員」を誤ったとして被告変更の申立てをすることができるから、第一審裁判所がした本件被告変更許可決定により、前記各公金の支出に係る上告人井尻浩義及び中村太郎に対する本件訴えは、取り下げられたものとみなされ(同条四項)、上告人桝本治、同加藤厚及び同武居桂がそれぞれ被告の地位を有するに至ったものというべきである。右と結論において同旨の原審の判断は、是認することができ、論旨は採用することができない。

第二  同第二点及び第三点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

第三  同第四点について

一 地方自治法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」に対する損害賠償請求又は不当利得返還請求に係る訴えにおいて、原告が被告とすべき「当該職員」を誤ったとしてした被告変更の申立てに対して行政事件訴訟法一五条の準用による裁判所の許可決定がされた場合、従前の被告に対する訴えの提起は、新たな被告に対する損害賠償請求権又は不当利得返還請求権についての裁判上の請求又はこれに準ずる時効中断事由には該当しないと解するのが相当である。地方自治法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」に対する損害賠償請求又は不当利得返還請求に係る訴えは、普通地方公共団体が「当該職員」に対して有する実体法上の損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を住民が代位行使する形式によるものであり、右各請求権は民法又は地方自治法二四三条の二第一項に基づくものである。最初の訴えの提起により従前の被告に対する右の実体法上の請求権について裁判上の請求としての時効中断の効力が生ずることはいうまでもないが、時効中断の効力は中断行為の当事者及びその承継人に対してのみ及ぶものであり(民法一四八条)、行政事件訴訟法一五条三項は、特に出訴期間の遵守に限って新たな被告に対する訴えを最初に訴えを提起した時に提起したものとみなす旨を規定したものであって、民法一四八条の前記の原則を修正した規定であると解することはできず、他に右の原則を修正したと解し得る実体法上の規定を見いだすこともできない。また、従前の被告に対する右の実体法上の請求権と新たな被告に対する右の実体法上の請求権について連帯債務に関する民法四三四条の規定を適用することもできないものというべきである。

二  これを本件についてみると、本件被告変更許可決定による新たな被告である上告人武居桂、同桝本治及び同加藤厚に対する実体法上の請求権は、地方自治法二四三条の二第一項に基づく損害賠償請求権であるから、同法二三六条一項により、権利を行使し得る時より五年間これを行わないときは、時効により消滅するところ、原審の適法に確定したところによれば、右上告人らに係る前記の各公金の支出は、いずれも、昭和六一年一二月一七日までに行われたものであり、他方、被上告人らが本件被告変更許可決定に係る被告変更の申立てをしたのは平成六年一月二六日であるというのであるから、右上告人らに対する右各損害賠償請求権は、右被告変更の申立てがされた時点において、既に時効により消滅していたことが明らかである。

三  右と異なり、上告人武居桂、同桝本治及び同加藤厚に対する各損害賠償請求権について最初の訴えの提起により時効中断の効力が生じていたとして、右上告人らに対する被上告人らの各予備的請求をいずれも認容すべきものとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものといわざるを得ず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中右上告人らに対する各予備的請求に関する部分は破棄を免れない。そして、以上によれば、右部分につき、第一審判決を取り消して、右上告人らに対する各予備的請求をいずれも棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

上告代理人田辺照雄の上告理由

上告理由第一点 原判決は行政事件訴訟法(以下「行訴法」という)第一五条一項、同法第四〇条二項、同法四三条二項の解釈・適用を誤っている。

一 原判決は次の通り「被告の変更」を是認したが、行訴法一五条一項、同法第四〇条二項、同法第四三条二項の解釈、適用を誤ったものである。

本件は被上告人らが地方自治法(以下「地自法」という)第二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟として提起した所謂当該職員に対する代位請求としての計三〇件の公金支出にかかる損害賠償請求訴訟であり、当初、うち二三件について被告を井尻浩義(本件公金支出当時京都市民生局社会部庶務課長・以下「井尻」という)、うち五件について被告を中村太郎(同じく京都市住宅局改良事業室長・以下「中村」という)として提起された。審理の途中で井尻については同人を被告として提起した二三件のうち、一六件、又、中村については被告として提起された五件の公金支出について、井尻、中村が地自法第二四二条の二第一項に規定する「当該職員」に該当せず、その公金支出にかかる代位請求訴訟は住民訴訟として認められた類型にあたらないことが明かとなった。それに対し、原告ら(被上告人ら)は本件一審裁判所(京都地方裁判所)に行訴法一五条一項を「準用」して、右公金支出について専決権限(本件公金支出についての本来の決定権者である京都市の市長より、付与された本件公金支出の内部的決定権限)を有していた公金支出当時(以下役職名はいずれも本件公金支出当時)の京都市民生局社会部長桝本治を井尻関係の右一六件について、京都市住宅局管理部住宅企画課長加藤厚を中村関係五件中四件について、同じく京都市住宅局管理部長武居桂を中村関係五件中のこり一件についていずれも「被告の変更」により被告とする旨の許可を求め、同裁判所は平成六年六月二七日右「被告の変更」を許可する決定をなした。本件第一審判決、原判決とも、この「被告の変更」を適法とし、上告人桝本治、同加藤厚、同武居桂を当事者として第一審判決は京都市に対し金員の支払いを命じ原判決はそれを是認する判決をした。

二 地自法二四二条の二第一項第四号に定める当該職員に対する損害賠償請求の住民訴訟は行訴法四三条三項所定の民衆訴訟であり、同法四〇条二項によって同法一五条一項の準用がある。しかし右一五条一項は文理上も、実質上も審理の対象である法律関係即ち訴訟物―行政処分・審決―が同一であることを前提として被告の変更を一定の条件のもとに認める規定であると解されるが、本件についての前記「被告の変更」は訴訟物の変更をきたすもので、かかる変更は行訴法一五条一項の規定する「被告の変更」に該らず、同条項の準用により許されるものではない。

行訴訟法一五条一項は取消訴訟において原告が被告とすべき者を誤った場合に被告を変更することを認めた規定である。取消訴訟の被告とすべきものは訴えの対象となっている処分についてはその処分庁、審決については審決をなした行政庁とされているところ、被告とすべき処分庁・審決庁が必ずしも明確でないため、原告において被告を誤ることがあり、誤りに気付いた時にはすでに出訴期間を徒過していることがありうることに対応し、原告を救済するために被告の変更を定める行訴法一五条一項が制定されたとされる。しかし被告の変更に際し、取消を求める処分、審決まで変更する、即ち訴えの変更乃至訴訟物の変更までを許容する規定とまでは解されていない。そこまで認めれば取消訴訟につき出訴期間を設け、処分、審決に関する法的安定をはかった法の趣旨が著しくそこなわれるからと考えられる。

更に取消訴訟の被告は国など公共団体の機関である行政庁(広義)であって、被告とされることによって、その主観的・個人的利益がそこなわれることがないことも、消極的にではあるが行訴法一五条一項の合理性を支える事由である。

以上の通り、行訴法一五条一項の「被告の変更」は文理上も、実質上も訴訟物の同一性が保たれる場合に被告のみの変更を認めた規定と解される。

ところで、本件損害賠償請求事件は被告とされた者が違法な公金支払を行い、京都市に損害を与えたとする訴訟であるから、被告の変更を認めれば必然的に訴訟物の変更即ち訴えの変更となり、被告とされた者の法的安定性は否定される。行訴法一五条一項の「準用」によりそのような「被告の変更」までが認められるものではない。

原判決は行訴法一五条一項、同法四〇条二項、同法四三条二項の解釈、適用を誤り、被告とすべきでない上告人桝本治、同加藤厚、同武居桂を被告の変更を認容し、被告として「損害賠償金」の支払いを命じた第一審判決を正当としたもので、原判決及び一審判決中三名に関する部分は取消の上、訴え却下の判決がなされるべきである。

上告理由第二点 〈省略〉

上告理由第三点 〈省略〉

上告理由第四点 原判決は地自法二三六条並びに民法一四七条の解釈・適用を誤り、同条に違背する。

上告人桝本治、同加藤厚、同武居桂(以下「桝本外二名」という)に対する本訴請求にかかる京都市の損害賠償請求権が仮りに発生しているとしても時効により消滅している旨の上告人らの予備的抗弁につき、原判決は右請求権は昭和六一年一二月一七日以前に発生したものであり、地自法二三六条一項の五年の消滅時効の規定が適用されることを認めながら、「被告の変更」前の被告井尻浩義、同中村太郎に対する本件代位請求訴訟の提起が、消滅時効完成前であったからその時点で桝本外二名との関係においても権利の不行使という事実状態がなくなり、また、権利のうえに眠る者でもなくなったと評価できるという理由で、時効中断を認め、消滅時効の完成を認めなかった。

原判決の右判断は消滅時効の中断を規定する民法一四七条の解釈・適用を誤ったものである。

時効制度制定の趣旨乃至立法目的については見解がわかれているが、原判決の指摘するところが通説的見解である。しかし、時効制度の趣旨乃至立法目的に適合しない状況が生じたからといって直ちに時効の中断を認めることは失当である。時効の中断については如何なる事実が時効中断事由かを規定する民法一四七条が制定されており、同条所定以外の事実はその事実が時効制度の趣旨に不適合な状況をもたらすものであっても時効中断の効果を生じない。例えば、債務者に心理的圧迫を加えて債権回収の目的をとげるため債務者の近所に債務者の悪口をかいた貼り紙を貼りめぐらした場合、その貼り紙の内容が単なる悪口であり、催告を表示するものでなければ、その貼り紙が権利の不行使という事実状態を否定し、かつ債権者が権利の上に眠るものでないことを示すものと評価できるものであっても、時効中断の効果は発生しない。

民法一四七条は時効中断という法律上の効果及びその効果を発生させる時効中断事由を限定する法条と解すべきであり、同条所定の「請求」は当該債権の債務者本人に対する請求である。

原判決は当初の井尻、中村を被告とする本件住民訴訟の提起が桝本外二名に対する関係で民法一四七条所定の時効中断事由の一つである桝本外二名に対する請求にあたるか否かの判断を示さぬまま、右井尻、中村に対する訴えの提起により権利の不行使という事実状態がなくなり、また権利のうえに眠る者でなくなったという判断に基づいて、桝本外二名の本件債務の消滅時効について中断の効果が発生するものと判示している。これは民法一四七条所定の消滅時効中断事由である請求は債務者本人に対する請求であり、原判決は債務者本人以外の者に対してなされた請求を時効中断事由と認めるもので、民法一四七条の解釈を誤るものである。民法一四七条は前述の通り時効中断の事由を限定するものと解すべきであり、同条所定の事由以外の時効中断事由を認めることは同条の解釈・適用を誤るものである。

追記 上告理由第一点に関する被告の変更、同第四点に関する時効中断は、代位請求訴訟の本来の原告当事者である地方公共団体が当該職員に対し提起した損害賠償請求等の訴訟においては認められないところである。本来の権利者に認められていない権限を、その代位行使者に認めることは理論上矛盾し、相当性、衡平性を欠くもので、法律解釈の限界を逸脱する。

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